荷物を娘に
2011年03月14日

今日 千葉の娘に荷物を送りました。
粉ミルク 紙おむつ お米 トイレットペーパー 箱ティッシュ他。。。
11日、テレビで( 地震のニュース!)と思うまもなく その後、すぐ 津波警報。
6メートルの予想。。。
考えられない数字。
東京 品川で仕事をしている娘が心配になり 携帯をかけても、留守電。
仕事中は いつも 留守電になっている。
そのうち テレビで 在来線が不通になった とのこと。
メールで そのことを伝え 早く帰るように・・ と した。
その頃 彼女は 勤務先のビルがすごい揺れで、
いったん外に出たが 揺れが収まったので 仕事場に戻ったとのこと。
また また 揺れ、
「ヘルメットを着用し 外に出てください~ !」 と、 館内放送。
非常階段を降り 外に。
外もかなりの人で。。。
揺れが再び収まったので
それからまた 仕事場に戻り。。。
結局 帰ることになったが、
在来線が不通で 帰宅できない。
子ども達が居る 保育園にお迎えにも行けない。
携帯が繋がらない。。。
状況も分からない。
高松に居る私も 彼女も どうしようもない。。。
連絡がつかないのは 本当につらい。
保育園は安全だから・・ と 言っても、
子供の顔を見るまで 安心出来ない。。。
そのうち だんだん 暗くなってきて。。。
こういう状態で 夜になるのは かなり 不安が増す。。。
そうしているうち 営業の方が帰社し 社用車で 千葉方面の人を
送ってくれると言う。
安心はしたが かなり渋滞なので 千葉までかなり時間が掛かる。
未だに 保育園に連絡がつかない。
普段なら とっくに閉園の時間。
予想した通り 渋滞で車が前に進まない。
むなしく時間だけが過ぎてゆく。。。
車に乗っている間も ずっと携帯で調べていたんだろう。。。
電車が動き始め・・ た・・ らしい。
その電車だと いつもの駅の ひと駅手前まで動くらしいので
駅まで送って頂いて、降ろしてもらったとの事。
電車が来て 乗ろうとすると 満員で、
乗客は ガラスに顔がペッシャンコに押しつぶされた状態で乗っている。
その電車は あきらめて 次を待つことにして。
その頃、彼女の主人のよし君が勤務先の友人の自転車を借りて
帰宅するとの連絡を受けて 少し 気が楽になり。。。
彼女は 電車に乗り そして 終点とするところで降り、
1時間かかって家に着いたよし君は 車で保育所に迎えに行き、
それから、
よし君は携帯で、 彼女は公衆電話を探しては連絡を取り
現在地を伝え また それから 進み 公衆電話を探しては
現在地を伝え。。。
ようやく会え、
午前1時に 家族揃って 家路に着いたとの事。
保育園には まだ10人残った居たとの事。
子ども達は おにぎりを食べ お布団で寝ていたとの事。
午前0時に やっと お迎えに行けたが
先生方も 園児の保護者が全員迎えに来るまで、
残っているとの事。
それぞれの家庭も心配だろうに。。。
園長先生はじめ 皆様に 本当に感謝です。
東北地方は その頃までに 津波が10メートルに。。。
車や 家や 船などが 波にのみ込まれ。。。
信じられない! これが日本か!と思うくらい。。。
高松で こうして平和でいるのが辛いほど。。。
翌日、朝起きて 高松の静けさが なぜか 不気味に感じた。
私達の住む土地も いつかは わが身だと思う。
だけど 今は生かされている。
その私達の役割は 被災者の方達に何かお役に立つことを
させて頂くこと。
韓国から 中国から アメリカから ニュージーランドから
援護隊が次々到着している。
心強く 胸が熱くなる。
ライオンズから アフラックの代理店の仲間から 又 自治会から、
いろんな団体から 援護させて頂きたい。
今 既にボランティア活動をされている方々に 感謝です。
今日は 計画停電ということで、
千葉の娘が住んでいるところも
もうすぐ 電気が切れるとの事。
切れる前にと 手動発電の懐中電灯を 6歳の孫が一生懸命回して
電気を発電し 貯めているとの事。
ママに 力強い 頼もしい お姉ちゃんです。
こうして みんな 少しづつ 成長してるのですね。